断崖の孤島に佇み、遥か天を貫かんぱかりに伸びる塔。
天気が良ければアルテアからでも見えるあの塔こそ「究極魔法」を封印せし塔だ。
全体を山に囲まれ、ミシディア側からしか入れないようになっているため
俗に「ミシディアの塔」とも呼ばれている。

かつて魔導師達は大陸中に点在し、人々に知恵を授け
修練さえ積めば誰であろうと使えるよう、書物という形で人々に魔法を教えていた。
しかし…知恵や力を生み出し授けるという行為は、歪んだ欲望を満たす糧ともなった。
ある魔導師が力に溺れ、魔法を使えぬものは奴隷として支配してしまおうと考えた。
当然ながら仲間からは反対されたが、悪魔と密約を交わした彼は
字の通り「人知を越えた」術をもって同胞すら手にかけ
ついに地獄の城「パンデモニウム」を地上へ引きずり出し、
おびただしい数の悪魔を手足の如く操るようになった。

多くの犠牲を代償にパンデモニウムが姿を消した後、
魔導師は「死より重い罰を与える」と言う名目で会得してきた魔法を奪い
水や食糧すら与えず、辺境のパラメキア砂漠へ追放された。

地上が地獄の軍勢に蹂躙され、悪魔のものとなるという最悪の事態は避けられたが
世界を混乱させることを恐れた魔導師達はミシディアへ隠れ住むようになった・
そして…悪魔と密約を交わし、砂漠に追いやられた魔導師こそ、
現パラメキア皇帝「マティウス」の先祖だと言われている。

外界との交流を絶つ事で暫くは平和が続いていたが、
パラメキア帝国が世界征服に乗り出してから情勢は大きく変わった。
魔物はミシディアにまで現れるようになり、
若き魔導師たちが「究極魔法」を求め洞窟へ向かうようになったが
魔物に襲われ、時に毒牙にかかり…ほとんどが帰らぬ人となった。

今となっては誰も塔に近付こうとはせず、
修練場として使われた洞窟は魔物の巣窟と化し…
いっそ封印してしまおうかと話がまとまりかけていた頃、
白魔道師が「究極魔法」を求め、遥かアルテアからやって来たのだった。

-

「究極魔法」を求めミシディアに向かったきりのミンウを追い、
フリオニールらはミシディアを訪れていた。
ミシディアに近付くにつれ魔物達は凶悪さを増してゆき、
周囲の空気も冷たさを帯びていく。
サラマンドの時とは違う、外界を拒むかのような冷たさだ。

訝しげな目付きを向けてきた魔導師達にミンウの名を出すと
「ミシディアの塔へと向かった」と答え、
塔に入るにはクリスタルロッドが必要だと答えてくれた。
が…後はそれきり、自分で探せと言うように突き放した態度を取られてしまうのだった。

ミシディアにて塔に入る手段や究極魔法の在処について調べた夜、
フリオニール一行は洞窟の傍にコテージを作り休息を取っていた。
こうして野宿を行うのはディスト以来だ。
なぜ宿を利用しなかったかのかと言うと、ミシディア周辺は魔物が凶暴なのに加え
入り組んだ森林に湿地帯と、街に辿り着くだけでも一苦労。
さらに、外界との交流を好まない様子の彼らを刺激することを避けたかったのだ。

コテージから少し離れたところで、見張りのため焚き火に当たる。
フリオニールの手元には黒曜石に似た光沢を放つ仮面があった。
必要な道具は全て揃えてきた、書物に記された通りなら間違いない筈だ。
「善き心あらば、か…」
書物には、よき心を持つものならば「影」は止まると記されていたが
自分のやってきた事はお世辞にも善行とは言い難かった、
正しいか正しくないか考える余裕などなかった。
もしも悪心が勝り「影」が止まらなかったら、どうすれば良いのだろうか?

無言で仮面を眺めた後、そろそろ交代の時間かと仲間の元へ向かおうとした時。
揺れる炎に引き寄せられたかのように、フリオニールの傍に誰か近付いてきていた。
「女の、子…?」
年は十代半ば位、ちょうどマリアと同い年だろうか。
何者かはわからないが、ひとり見張りを任せられ
寒いやら眠くなってきたやらで集中が乱れていた時に
人に会えたというは大いに励みとなった。
「君はミシディアの子?」
「いや、ミシディアの人じゃないみたいだけど…誰?」
「俺はフリオニール、フィンから来た…旅人だよ」
焚き火くらいしか灯りがないため格好はよくわからないが、
少女は健康的な色白の肌に活発そうなツリ目、口元には八重歯と
マリアやレイラとはまた違う趣のある姿をしていた。
正直、結構かわいい。

「君は町に帰らないのか?この辺は夜になると吸血鬼が出るとか…」
「あぁ、私なら平気だよ」
吸血鬼の話は昔よくレオンハルトから聞かされた。
アンデッドでありながら外見は人間そのもので、人間を装い近付いてくるとか…
お陰でマリアがよく怖がったものだ、自分も最初は怖かったが
彼女が余りにも怖がるもので、すぐ「目の前の者は吸血鬼か」など気にならなくなった。
「隣、座っていい?」
「ああ」
「ありがとう!じゃあ…」
焚き火に近寄ってきた事で少女の格好が明らかとなり、
フリオニールの顔は火がついたかのように赤く染まった。
彼女は胸元や太ももを露出し、所々にスリットが入った
身体を隠すどころか、見せ付けるかのような格好をしていたのだ!
襟を立てたマントは防寒用か…それとも。
「なぁに?顔赤くして」
少女はからかうかのように八重歯を見せ、笑ってみせる
奥手な面があるフリオニールに少女の格好は余りにも刺激が強すぎたのだ。

「なんて格好してるんだ!な…何か着せてやるからっ、隣はやめてくれっ!」
「うふふ…私は好きで着てるんだよ」
「す、好きで…!」
今までにないパターンに耳まで真っ赤となり、頬や額からは汗が滲み出す。
マリアやレイラも正直露出度は高いほうだ、しかしアレは動きやすさを重視したもの
この少女のように扇情のため露出しているわけではない。
…こう言う見てるだけで恥ずかしい格好をした子には何と言うのが正解なんだ?
そう考える間にも少女はどんどん距離を近付け、すり寄ってくる。
「フリオニールって言うんだっけ、帝国は怖くないの?」
「あぁ…怖いさ、だが怯えるばかりじゃ戦えないだろ」
「私は怖いな…怖くて仕方ないよ」
後退り距離を取ろうとしたものの、ついに逃げ場を失い
フリオニールは少女に抱き締められる形となってしまった。
更に密着した体勢を保ったまま、目の前の洞窟へ少しずつ連れ込もうとしていく。

「なっ…なにを…!」
いつかのニセ王女事件を思い出す流れに、
今度はそうは行かないと逃げ出そうとするが。
密着しきった状態からそう簡単に逃れられるわけもなく、
洞窟の石壁に背中を押し付けられ、顔にはやや乱れた息がかかってくる。
体温が重なり、火照るくらい熱い筈なのに、心臓は早鐘を打っているのに
フリオニールは全く熱を感じなかった、少女は驚くほど冷たかったのだ。
夜風で冷えきったものや元々体温が低いものの冷たさではない、
死者のように冷たかったのだ。

「…こんな姿になりたくなるほどね」
再び笑った顔はさっきのような人なつっこいものではなく、
獲物を捕まえたと言うような残忍さを帯びたもの。
そしてフリオニールはすぐ自分の勘違いに気づくこととなった、
それまで八重歯と思っていたものは、発達した牙だったのだ。
「ま、待て!俺はまだっ…」
制止など聞くわけがなく、少女は真っ赤に染まった目を細め
フリオニールの首筋に牙を突き立ててきた。
「ぐうあああぁぁっ!!」
叫びは闇に吸い込まれ、貪るように激しい接吻を繰り返す吸血鬼が視界に映る。
気を失いそうなほど痛いのだが、ややもすれば快感を覚えてくるような気すらし
何より吸血鬼とはいえ「少女に抱き締められ、接吻を受ける」と言う状況が
フリオニールから理性を奪って行く。

「うっ…くくっ…」
このままでは最悪アンデッドの仲間入り、
それだけは避けようと拘束を免れた両手が逃れるように空を切る。
氷が身体に押し付けられているかのようだった、どう取り繕うが少女は生ける屍なのだ。
アンデッドとあらば導きされる答えはひとつしかない、
少女が尚も貪ろうと髪を掴み乳房を押し当て…さらに深々と牙を食い込ませる中、
フリオニールは苦悶の表情と共に気を集中させ。
「ファイア!」
炎を呼ぶ呪文を叫びと共に発し、自分ごと燃やす覚悟で放った熱風が少女に襲い掛かる
「キャア」と甲高い悲鳴をあげ仰け反った瞬間を見計らい、
フリオニールは全力で少女を突き飛ばした。

「何するの!あなたも吸血鬼にしてやろううと思ったのに」
「あなたも…?」
「吸血鬼になれば、帝国に怯えなくてすむんだよ?」
吸血を邪魔された少女は如何にも不機嫌そうに、見せたいものがあるとマントをずらし
それまで襟で隠していた首筋を露にしてみせる。
そこには四つの穴が開き…歯形がくっきりと残っていた、
彼女が「元人間」だと否応なしにわからせる痕であった。
「ああ…」
「フリオニール、さっきの続きをさせてよ」
もう吸血鬼である事を隠す必要はないと、少女は牙を剥き出しにし手招きしてくる。
受け入れさえすれば帝国に怯えることはなくなる、なんとも蠱惑的な誘惑だった
…しかし。

「…気持ちはありがたいが、吸血鬼にはならないよ」
「帝国と戦うの、嫌なんでしょ?」
「…逃げるのはもっと嫌だ」
少女が再び襲い掛かろうとするより先にフリオニールは動いていた、
身体を引き裂かんとする爪を小型の盾で受け止め、軽やかに懐へ飛び込み。
「あぁぁぁっ!!」
少女の冷たい身体に、動かなくなった心臓へ抉るようにナイフを突き立てていた。
「な…なん…で…?」
「…すまない」
少女は暫く目を見開き、指先をひくひくと痙攣させていたが
その痙攣も徐々になくなり、瞼は重く閉ざされてゆき。
「…安らかに眠ってくれ」
フリオニールが呟く先で彼女は物言わぬ屍へと戻り、
今まで倒してきたアンデッド達のように骨もろとも崩れ落ち
夜風に吹かれ…少女は消えていった。

-

「フリオニ〜ル〜、朝だよ」
「フリオニール、起きる」
朝霧が覆う中、フリオニールを除く三人はすでに目覚め散策の準備を始めていた。
レイラが道具袋の整理をする向こうで、マリアとガイは
未だ目覚めぬ幼馴染みへ呼び掛けている。
「寝かせてやりな、きっと何かあったのさ」
いつもならフリオニールが最初に目を覚ますのだが、前も一度こんなことがあった
…本人の名誉もあるし、細かい事は言わないでおこう。

「ラミアクイーンの時もこうだったじゃないか」
「ああ、フリオニールのあれ…」
「レイラ、フリオニールいじめない、あいつ女ちょっとニガテ」
「ハハハ!ガイに怒られちゃ敵わないね、やめとくよ」
レイラは昨日フリオニールに何があったか察していた。
少女が洞窟へ連れ込んだ時点で怪しいと感じ、密かに付いてきていたのだ。
自分の出る幕はなくフリオニール一人で片付いたようだが、
話を聞けば彼女もまた帝国…もとい皇帝の犠牲者だったのだ。
吸血鬼になれと誘う姿は何処か悲哀を感じさせ、フリオニールへの告白にすら見えた。

「帝国に怯えたくないなら吸血鬼になっちまえ、か」
コテージからようやくフリオニールが這う様に現れ、
早速マリアから昨日は何があったと説教されていた。
ガイの制止も虚しく、少女の追及は止まりそうにない…
彼女なりの激励とはわかっているが、寝起きには聞きたくなかろう。
「何ともまぁ…よわっちいやつの理屈だね」
わからなくはないよと口の奥で小さく呟き、レイラは保存食の干し魚をかじる。
日が登りきり、朝霧が消えたら早速ミシディアの洞窟の散策だ。

究極魔法の封印が解ける日は近い、この一時の平和が終わる日も近い。

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