ロストサイドと呼ばれる都市型廃墟の中で、特に魔物の目撃情報が多い区域を
何の共通点もなさそうが3人組が肩を並べて歩いていた。
1人は顔に無数の傷跡を持つ強面の青年、1人は二足歩行する猫としか言いようのない獣、
そして、青年と二足歩行する猫に挟まれるような形で、真ん中を異様に顔色の悪い黒コートの男が歩き
異様に白い肌に切れ長の目付きも相まって、彼は爬虫類のような冷たさを放っていた。
何も知らず彼等を目にしたものは旅芸人か何かと思うだろう、そう思うほどに3人には何の共通点もなかった。
「坊っちゃん確か、この辺初めてだっけ?」
真ん中の男に「坊っちゃん」と、強面には不似合いな呼び名で話しかけたられた青年が
目だけ動かし見下ろしてくる、青白い男の方が頭1つほど小柄な為、2人は互いを見上げ見下ろす形となっていた。
「ああ初めてだ、サポート頼むぜレイス」
「任せとけ。坊っちゃんはアンデッドが苦手って言ってたし、イイ機会じゃないか?」
「アンデッドが苦手じゃない人間がいたら、そいつがヤバいだけだ」
レイスと呼ばれた男は、やや気弱な返事にケケケケと薄気味の悪い笑い声をあげて見せる。
アンデッドなら目の前にいるじゃないかと言うような笑い声に坊っちゃん、もとい「イザナギ」は顔をしかめた。
「ガキ扱いすんじゃねぇ」と無言の抗議を見せると言う、この2人が行う日常風景の1つだった。

「ん?」
「どうした、猫」
「レイス!向こうから何か来るぞ」
見たまんま「猫」と呼ばれた人語を解する獣「ロコ」が向こうを指差す。
そちらを見れば確かに、こちらへゆっくりと歩み寄ってくる影があり、影は次第に濃くなり
やがて人型となって、ぼんやりと着ている服や顔つきも浮かび上がってくる。
その人物はレイスに負けず劣らず顔色が悪く、黒いマントを羽織り、真っ赤な目がやたらと目を引く、
魔物が徘徊する夜道に出歩いている時点で只者ではないのは間違いなく、
レイスの顔は「厄介な奴に出会った」と言わんばかりのしかめっ面と変わる。
「参ったな、ありゃヴァンパイアじゃねえか」
「ヴァンパイア?」
「最上位のアンデッド、俺はともかく今の坊っちゃんとお前じゃ敵わない相手だよ」
ヴァンパイアはまだこちらには気付いていないらしく、古ぼけたベンチに腰掛け休憩をしているように見える。
ロコは最上位のアンデッドと聞いてもイマイチ実感が沸かないらしく、先程からしかめっ面を崩さないレイスに
アイツはどれだけ恐ろしいんだと、きょとんとした表情で尋ねてくる。
「レイス、捕まったらどうなるんだ?」
「朝にゃミイラが3体見つかるだろうな」
「げ…!?」
街灯に照らされながら本を読んでいる姿は無害にすら見えるが、レイスに言わせれば襲われれば一巻の終わりだと言う。
一見アンデッドに見えないと言うのも凶悪で、油断したハンターが毒牙にかかる事も少なくない。

「なあレイス、お前…あのヴァンパイアと話せないか?」
「何で俺なんだよ」
「だってお前…顔色悪いじゃん」
「仲間と思われて咬まれない、と?」
「ああ」
ロコの言っている事は、言い換えたら「お前はアンデッドに見える」と言う失礼極まりないものだったが
レイスと向こうのヴァンパイアは顔色の悪さは勿論、目の色や服の色までよく似ていた。
更に仲間だと思われるだろうなと言い切れるものが更にある、レイスは半人半魔のため
人間より牙が尖っており、宛ら牙のように見える犬歯が生えているのだ。
「あー確かに、似てるな俺」
「だろ!ヴァンパイアだー」
よく見ろよと手鏡を取り出し確認させる姿に、レイスもそれに合わせるかのように牙を見せ手を突き出し
両手を高く掲げ、オバケが人を脅かすときのようなポーズで2人揃って笑い始めた。
「ハハハハハハハ!そっくり!!ハハハハハハハハ…!」
「ははははは…ふざけんじゃねぇっ!!」
「わっ!?」
鞭で威嚇するように地面を強く叩かれ、ロコのみでなく隣のイザナギまで飛び上がってしまう。
レイスは案外ノリがいいとは知っているが、そんなに怒るなら最初から怒っていればいいだろうに、
彼はヴァンパイアと間違われたのが余程気に入らないのか、舌打ちし牙を剥き出しに見せる。

「ふざけたこと言ってるとマジで血ィ吸うぞクソが」
「頼むよ!俺ミイラやゾンビにはなりたくない」
「ああ…行ってやるよ、それで文句はないだろ」
レイスが先に行くのには他にも理由がある、もしもヴァンパイアに2人が気づかれても
彼が足止めをすれば逃がすことが出来るからだ…大変不服だが、ここはやらねばなるまい。
「大丈夫だよ!ゾンビの血は不味いって有名らしいぜ!」
「何が大丈夫だ!じゃ、行ってくるわ」
ゾンビになったらよろしく、と付け足すとレイスはヴァンパイアの方へ真っ直ぐ歩いていく。
2人は動向を見守るように、そして少しでもその場から離れるよう近場の廃墟へと向かった。

-

「ん…?」
読書に耽っていたヴァンパイアの目が、何かに気付いたように街灯の向こうに揺れる影へと向かう。
そこには自分に負けず劣らず青ざめた顔の青年が立っており、同士だと言わんばかりに牙を見せ笑って見せる。
赤い目に青白い肌、そして牙に黒い服…間違いない、彼はヴァンパイアだ。
そう早合点し、ヴァンパイアは人間を装ったものでなく同士に笑いかける時のような笑顔を浮かべた。

「これは同士よ、今夜は月が綺麗だね」
「ああ、月に照らされながらディナー探しってとこか?」
「そうとも言うね。この辺にはよく新鮮な人間が来ると聞き、是非味見をしてみたかったんだが」
ヴァンパイアはどうやら本気で同士だと思っているらしく、
レイスに向こうから近づき、まるで何か確かめるように手に触れているのが見える。
もしかしたら「同士」ではないかもしれない、という疑念から来るものだ、
レイスはバレた時はバレた時と言うように、薄笑いを浮かべていた。
「やべぇ…レイス、普通に話してる」
「…行かせたの俺だけど、バレたりしないかな?」
「しっ!大声出すな、聞こえるだろうが」
しばらくヴァンパイアは体温を確かめたり脈をはかったりしていた様だが、
レイスに「鼓動」が完全にない事を確認すると、間違いないと頷いて見せる。
それもその筈である、レイスはヴァンパイアをも越えた「真のアンデッド」なのだから。

「新鮮な人間かぁ、そいつらは変な武器を背負ってたりしないか?」
「ああ…何でも人間の中にはハンターって言う、魔を狩る人々がいるそうじゃないか」
「ハンターか、そいつは俺も知ってるよ、美味いらしいな」
「ああ、とても美味だ…独り占めしたくなるほどね」
そこで、ヴァンパイアは言葉を切ると鉤爪に変じた手で奥の建物を指差す。
その先にはロコとイザナギが顔を出しているのが見え、慌てて身を隠す姿が見えた。
「二人も隠しているなんて狡いじゃないか、片方でいいから私にもくれよ」
「…やれやれ」
「私はあの獣のほうにしよう、ハンター且つ人間慣れした魔物なんて味見が楽しみだ」
「ああ連れてくる、少し待ってろ」
余程動向が気になって仕方なかったらしい、あのまま行けば隠し通せそうな感じだったのに。
だがまぁ、バレてしまったものは仕方ない…ここは同士のふりを続けるとしよう。
「頼むよ…その姿なら人間を欺くのも容易いだろうからね」
少なくとも、ヴァンパイアは自分を同士だと本気で勘違いしているようだった。

-

「レイス!どうだった?」
「…坊っちゃん、猫」
「どうだ、吸血鬼は何とか出来そうか!?」
レイスからの返事はなく、不安げな表情の2人を無造作に引っ掴むと
失敗したと言わんばかりにきつく閉じていた赤い目を開き、こう呟いた。
「…ミイラになってくれ」
「失敗してんじゃねえ!!なに堂々としてんだっ」
「芝居で騙せる相手じゃない、匂いでバレんだよ、匂いで!」
ヴァンパイアを始めとするアンデッドは痛覚などが鈍くなっている代わりに
嗅覚や視覚が発達しており、建物に隠れても「匂い」で気付かれてしまうという事も少なくない。
しかしロコは「匂いでバレる」と言うレイスの発言で別のものを連想したのか
尻尾を掴んだり、服の中に顔を突っ込んだりし、しきりに体臭を気にするような仕草を見せ始める。

「…オレって臭い?」
「確かに臭いが坊っちゃんもバレてんぞ、人間の匂いってのはわかりやすいからな」
「ちっ!ここは正面からやり合うしかねぇか!」
向こうから足音が一歩ずつ近づいてくる、ヴァンパイアの足音だ。
レイスが中々連れてこないのを心配してか、味見が待ちきれないのか…片方ではなく両方だろう。
「どうやら俺は仲間だと思われてるらしい、ひと芝居打たせてくれ」
「やっぱヴァンパイアだー」
「うるせえ!!上手く行きゃ振り切れるぜ、どうだ?」
「…頼むぜ、レイス」
こうなった以上は彼に賭けるしかないか、レイスとイザナギとロコは無言で顔を見合わせ合い
数秒ほど見つめあったのち、もう目の前まで来ていた吸血鬼の方に向き直る。
「おお同士よ、隠していた獲物はどうしたんだ?」
イザナギとロコはいつでも逃げ出せると腰を浮かせた姿勢を取っている。
あとは吸血鬼を油断させるだけ、手段なら自分が持っている。

「すまねぇ、吸血鬼だとバレちまって逃げられた」
「そうか、残念だな…何か手に入れられなかったかい?」
「ああ…こんなもんをプレゼントされちまったぜ」
同士に対し「報告」でもするようにレイスはコートから「あるもの」を取り出して見せる
彼の左手に握られていたのは、獲物の手ではなくスタングレネードだった。
吸血鬼も目にした瞬間それが何なのかわかったらしく、目を剥き後退り。
「…迂闊だったな、吸血鬼野郎」
ピンを口で抜き、放ると同時にレイスは後方に控えていた2人の方へ駆け出す。
辺りに昼間と錯覚するほどの凄まじい「光」が放たれ、吸血鬼の悲鳴が響く。
「ぎ、ぎゃあああああああ!!」
残念ながら対アンデッド用のものではなく「目くらまし」程度にしかならないものだったが
それでも十分とレイスはロコとイザナギの胸を強く叩き、先に逃げるよう命じる。
「坊っちゃん!猫!走れ!!」「
「あいつは!?」
「目眩ましにしかなんねえよっ、お前達は逃げろ!」
「ゾンビにはなるんじゃねーぞ!!」
ロコとイザナギが居たほうが戦力は増すが、先に逃がしたのには訳があった。
…吸血鬼は一体だけじゃない、公園だったと思わしき廃墟群のあちこちから
ぎらぎらと光を放つ赤い目がいくつも見えたからだ。

自分なら吸血鬼に噛まれても平気だが、これだけの数を相手させたら何処か噛まれかねない。
2人は何故かよくわからないまま逃げていったようだが、後で説明すればいいだろう。
…アンデッドとしては最上位に位置する彼等だが、自分から見れば雑魚同然なのだから。
「何故だ?不死者同士で戦うなど不毛だよ」
「確かに俺は生きちゃいないが、生憎メシに関心はなくてね…悪いな」
「出来れば生き血が吸いたいのだけど…仕方ない!相手をしてやろう!」
レイスは次々と現れる吸血鬼を前に、腰に下げていた鞭を構え臨戦態勢となった。

-

「はぁはぁはぁ…イザナギー…振り切れたか?」
「居住区に入ってきたんだ、もう大丈夫だろ…」
「レイス大丈夫かな?」
「大丈夫だろ、一人で何とかなるってツラだったしな」
余り口にしたくはないがレイスは強い、それも恐ろしいほどに強い。
イザナギとロコの2人がかりでも一本とれるか疑わしい位だ。
吸血鬼は「一体だけじゃない」事は何となくわかっていたが、
あいつなら帰ってくるだろうと、そう言い切れるようなものがレイスにはあった。
「なあイザナギ、吸血鬼がよく美味いって言うが…血って美味いのか?」
「わかんねえ、吸血鬼になると味覚とかが変わるんじゃないか?」
「えー…オレ、血より肉がいいから吸血鬼になるの嫌だ」
「お前が吸血鬼になったらさしずめ吸血猫だな、ケッ」
イザナギはしょっちゅう喧嘩を起こすので、その縁で血の味もよく知っている。
生臭いし鉄臭いし、とてもじゃないが美味しいものではない。
あれを飲まないといけないなんて気の毒な奴等だ、味覚が変わっているなら別だが。

「レイスも飲むのか?」
「飲むんじゃないか?あんだけ血の匂いがするんだ、酒代わりに飲んでるかもな」
「飲んでねぇよ」
「そうかー…って、レイス!!」
余りにも自然に間に挟まってきたため、僅かに反応が遅れてしまった。
彼は吸血鬼に噛まれた痕も見えず、それどころから擦り傷一つない無傷の状態で合流してきていた。
余りにも目立った傷がないため、本当に倒してきたのか?と疑念が浮かんだが
左手に握られた鞭は「今しがた仕留めた」と言うように、おびただしい鮮血を滴らせていた。
「レイス!吸血鬼はどうした?」
「ほらよ」
論より証拠とレイスは白く太い、人間のものと明らかに異なる牙を見せてくる。
先程彼が相手をした、吸血鬼の牙と思って間違いないだろう。
「金属も貫く吸血鬼様の牙だ、いいナイフが出来るぜ」
中々手に入るものじゃないぜとうそぶき、レイスは不敵な笑みを浮かべ戦利品を入れるポケットへ仕舞う。
それよりもロコが気になるのは吸血鬼がどうなったかの様だった、先程まで親し気に話していたようだが?

「なあ、殺ったのか?」
「命より大事な連中の牙持ってきた時点でわかるだろ?」
「あいつ…レイスを仲間だって言ってたよ?」
「誤解でね、俺は仲間なんかいらねえよ」
虚勢ではなく本当に要らないのだとレイスは吐き捨てるように言うと
今度はタバコにライターを取り出し、紫煙をくゆらせ始める。
横顔を目にするだけでもわかる、旅の「仲間」とか種族としての「仲間」は本当にいらないらしい。

「公園周辺はヤバいと書いとかなきゃな…坊っちゃん、吸うか?」
「自分のを吸う、ライターは貸せ」
レイスにタバコを勧められるも、イザナギは銘柄が好みじゃないと断り
ポケットに乱雑に突っ込まれた箱からタバコを取り出す。
気付けば3人組の内2人が喫煙していた、どうも居心地が悪くロコは不満げに声を張る。
「オレもその煙が出るやつ吸いたい!」
「やめとけ、お前には早い」
「と言うか…猫がタバコ吸うのか?」
「猫じゃねぇ!いっぺん吸わせてみろ」
ロコはどうしても吸うとレイスから取り上げ、一気に咥え込む。
それから暫くは大人しくしていたが、その顔は徐々に苦渋に歪み始め、やがて激しくむせ始める。

「ッ!?に、苦っ…まじぃ〜!」
「ハハハハハハハ!!」
ロコは人間に換算すればまだまだ少年である、いくら元が魔物だから平気と言えど無理があるだろう。
もういい!と一気に不機嫌になりタバコを踏み消す姿に、レイスとイザナギが2人そろって笑っていた。
「お、坊っちゃんとシンクロするとは珍しいな」
「げぇっ…お前も笑ってたのかよ」
「どうした?」
「なんでもない、さあ…散策を続けようか」
レイスはイザナギとロコの様子に満更でもないと口角を上げると、再び廃墟群を3人で肩を並べ歩き始めた。

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